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お腹召しませ ― 浅田次郎 ― ネタバレなしの読後感想






父祖からの昔語りを素とした物語のひとつひとつに、家族の不始末、時代の激変や “しきたり” に翻弄される武家の悲哀と矜持が描かれている。
一所懸命であるが故にどこか滑稽であり、心の奥底からの情がにじみ出てくる人物を描く手並みは、浅田次郎の真骨頂といえるだろう。その空想力の高さに舌を巻く。

『お腹召しませ』 婿の不始末の責めを負うために切腹を考え、家門を守るためにと妻子からも促される当主。非現実的なものとなった切腹をめぐる騒動の物語。

『大手三之御門御与力様失踪事件之顛末』 江戸城の門を守る与力が、勤番の際に失踪したことを密かに探る物語。現代の警察で帳場がたった時のような、大仰な題名に笑わされる。

『安藝守様御難事』 武家社会を維持するために考えられた “しきたり” に、訳も分からずに従順である新米の藩主を描く物語。「もはや形骸化している」といっても、旧弊に縛られるのは現代も同じ。

『女敵討』 公然に事実となっている妻の不義密通を知らされ、家門を守るために妻と密通の相手を斬ることを求められた当主の困惑を描く物語。

『江戸残念考』 戊辰戦争時の御家人の多くは、徳川慶喜に従い戦うこともなく、ことあるごとに「残念」を口にしていた。江戸開闢260年後の、御家人の武家としての矜持を描く物語。

『御鷹狩』 明治維新により頼るものを失い、自暴自棄となった御家人の刃傷騒動を描く物語。

お腹召しませ 浅田次郎

カバー装画 宇野信哉
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婿養子が公金を持ち出し失踪。不祥事の責任をとりお家を守るため、妻子に「お腹召しませ」とせっつかれる高津又兵衛が、最後に下した決断とは・・・・。武士の本義が薄れた幕末期。男としての正念場を、侍たちはどう乗り越えたのか。表題作ほか全六篇に書き下ろしエッセイを特別収録。司馬遼太郎賞・中央公論文芸賞受賞作。(中公文庫 裏表紙から)

<収録>
お腹召しませ
大手三之御門御与力様失踪事件之顛末
安藝守様御難事
女敵討
江戸残念考
御鷹狩
エッセイ 時代小説という福音




<作者紹介>
1951年生まれ。95年『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、97年『鉄道員』で直木賞、2000年『壬生義士伝』で柴田錬三郎賞、06年『お腹召しませ』で中央公論文芸賞と司馬遼太郎賞、08年『中原の虹』で吉川英治文学賞、10年『終わらざる夏』で毎日出版文化賞を、それぞれ受賞。著書に〈天切り松 闇がたり〉シリーズや『プリズンホテル』『蒼穹の昴』『シェラザード』『憑神』『ま、いっか。』『ハッピー・リタイアメント』『降霊会の夜』『一路』など多数。






















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剣客商売 ― 池波正太郎 ― ネタバレなしの読後感想






60歳になろうとしていて背丈が低いという、およそ剣豪ににつかわしくない風貌の隠居をきめ込んだ剣豪秋山小兵衛と、その家族や取り巻く人々に起こる出来事を、知恵と剣術を使い解決していく連作小説の初巻です。

テレビドラマでは、藤田まことさんが長年の間小兵衛を演じてきたが、藤田まことさんよりも、もっともっと小柄であることが想像され、小兵衛が腕に覚えのある武士をも打ち伏してしまうことに、喝采を贈らざるを得ない。
ひとり息子の大治郎は、筋骨たくましい20代半ば。剣の修業を重ねて道場主となったものの門弟もできずにいるが、正義を忘れることのない泰然とした好漢として描かれている。
田沼意次の妾腹の娘佐々木三冬は、20歳を前にしている剣術の道を歩む腕前も確かな男装の女剣士として、この小説で大事な役割を担っている。
権力をかさにきた賄賂政治を行った奸物として描かれることの多い田沼意次が、好人物として描かれているのもこの小説を面白くしている。
小兵衛の後添え “おはる” がまたいい。下女として奉公していた百姓の娘だが、息子大治郎よりも若い。とかく殺伐なものになりかねない剣豪小説に、邪気の無いゆったり感を与え、緩急の要となっている。

池波正太郎が創りあげた、これらの個性豊かな面々が活躍するのだから、面白くないはずがない。
読み進むうちに、とりこになっていきます。

剣客商売 池波正太郎

カバー装画 中一弥
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勝ち残り生き残るたびに、人の恨みを背負わねばならぬ。それが剣客の宿命なのだ ― 剣術ひとすじに生きる白髪頭の粋な小男・秋山小兵衛と浅黒く巌のように逞しい息子・大治郎の名コンビが、剣に命を賭けて、江戸の悪事を斬る ― 田沼意次の権勢はなやかなりし江戸中期を舞台に剣客親子の縦横の活躍を描く、吉川英治文学賞受賞の好評シリーズ第一作。全7編収録(新潮文庫 裏表紙から)

<収録>
女武芸者
剣の誓約
芸者変転
井関道場・四天王
雨の鈴鹿川
まゆ墨の金ちゃん
御老中毒殺




<作家紹介>
1923(大正12)年、東京に生まれる。1955年東京都職員を退職し、作家生活に入る。新国劇の舞台で多くの戯曲を発表し、60年第43回直木賞を「錯乱」によって受賞。77年第11回吉川英治文学賞を「鬼平犯科帳」その他により受賞する。作品に「剣客商売」「その男」「真田太平記」“必殺仕掛人”シリーズ等多数。






















大盗禅師 ― 司馬遼太郎 ― ネタバレなしの読後感想






「不思議の国のアリス」のごとき現実離れした幻惑の世界に、豊臣方についた敗残武士の息子が入り込んだことをきっかけとして始まる、摩訶不思議な時代小説です。時代は、陳舜臣著の「風よ雲よ」と同じ、江戸時代黎明期(三代将軍家光の治世)。中国では明の末期であり、この小説にも鄭成功、蘇一官が重要な役柄として登場する。さらには由比正雪までもが登場する。
1968年に週刊文春に連載され、1969年にポケット文春から単行本として出版されたものが、2003年に文庫本として復活したという、いわくありげな小説です。なぜか著者司馬遼太郎氏は、この小説を全集に収録することを拒んだそうです。
冒頭にも書いたように、現実離れした幻惑の世界に入り込んだことを端緒としていますが、伝奇小説でもなく、著者が得意としている歴史的事実に忠実に沿った小説でもありません。
摩訶不思議としか言いようのない、500ページにも及ぶ娯楽大作と言ってもいいかもしれません。一部の人が毛嫌いする、小説を通じての説教くささもないので、純粋にエンターテインメントとして読んでみてはいかがでしょうか。
(文春文庫)

大盗禅師 司馬遼太郎





<作家紹介>
大正12年(1923)、大阪生まれ、大阪外語大学蒙古語学科卒業。戦後まもなく、産経新聞社に入社し、文化部記者となる。昭和34年、『梟の城』により第42回直木賞を受賞。
36年出版局次長を最後に産経新聞社を退社。同42年『殉死』により第9回毎日芸術賞を受賞。主なる著書、『上方武士道』『豊臣家の人々』『国盗り物語』『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『空海の風景』ほか。(中公文庫から)





ショージ君の男の分別学 ― 東海林さだお― ネタバレなしの読後感想






下ネタの多さが気になるが「分別」(種類別に区分することではなく、道理をよくわきまえること)をもって、ものごとを「分別」を通して視ていこうという試みは、常人の思いつきではない。しかも、その「分別」は、聖人のような “道理をよくわきまえた” ものではなく、道理を知る途上にあったり、怪しげな道理を学ぶことによるものなので、俗っぽくて “わききまえた” の五文字にはほど遠い。
けれども、この俗っぽい分別に強い共感を覚えるのは、私が俗っぽいからなのだろうか。
立食パーティーをテーマにした『パーティーについて』には、身につまされる数々が描かれており、まさに “男の分別” の俗っぽさと頼りなさを見せつけられる。

ショージ君の男の分別学 東海林さだお

カバー装画 和田誠




ラーメンについては一言も二言もあるという人は多い。多いけれども、その言及の多くは「味について」であって、その正しい食べ方について論ずる人は少ない。更に言えば、鍋物のつつき方のマナーを論ずる人はもっと少ない。ついでだから女性のおシリ鑑賞から芸者遊びについてもしっかりと論じ、男のフンベツを示してみました。(文春文庫 裏表紙から)

<収録>
上野ブラブラ
春の目醒めについて
自動販売機について
ケツについての分別
「あのあたり」に関する表現について
ラーメンについて
英会話について
神戸への旅について
「口の中の食物」について
水の中の人間について
食事のマナーについて
食品サンプルについて
パーティーについて
風邪について
スシとガイジンについて
芸者遊びについて
「のぞき部屋」について
結婚披露宴について
鍋物について




<作家紹介>
本名庄司禎雄。昭和12(1937)年東京生れ。早稲田大学露文科中退。45年第16回文藝春秋漫画賞受賞。
著書に「ショージ君の男の分別学」「ショージ君の南国たまご騒動」「ショージの時代は胃袋だ」他多数。(文春文庫)





















けっこうエーこといってるんですが ― サトウサンペイ― ネタバレなしの読後感想






40年ほど前に出版された文庫本ですが、その内容は現在に通じるものが多く、著者サトウサンペイ氏の慧眼に驚かされるとともに、政治が何もできていないことにも驚く。
例えば、『歩道のないクルマ文明』。自動車の通行を優先し、歩行者の安全をないがしろにする日本社会(文明)のあり方を著者は指弾しています。この40年の間にするべきことをしていれば、2021年6月28日に千葉県八街市で起きた、下校途中の小学生の列に飲酒運転のトラックが突っ込み、5名が死傷した痛ましい事故を防げたかもしれません。
『風呂敷は教養のシンボル』は、買い物の際に提供されていた包装や袋について指摘しています。当時は紙による過剰包装が問題になっていましたが、現在のレジ袋と同じように、資源の無駄遣いと環境の破壊につながるとして、風呂敷の利用を訴えています。
どちらも政治が悪いせいなのか、それとも民度が低いせいなのか、なかなか改まらない問題ですね・・・
漫画家サトウサンペイ氏が、日本を糾弾し笑わせるエッセイです。

けっこうエーこといっているんですが サトウサンペイ

カバー装画 サトウサンペイ





遅刻は一企業が決めたこと、目ざめは大自然の決めること、企業と自然とどちらが大きいか、と遅刻の毎日。「希望と勇気とサム・マネー」というチャップリンの言葉に励まされて脱サラし、おしゃべりは女にもてない、猛反省するサンペイ流人生。
漫画みたいに暮らせたらいいけど、実際はイライラ、ボヤキの連続。そんなモヤモヤを一気に吹きとばす、辛口ユーモア・エッセイ集。(新潮文庫 裏表紙から)

<収録>
イラッシャイ、イラッシャイ
女ども、よく聞けよ
うちの元日
メガネザルのジサマ
四十過ぎて「赤毛のアン」
村で買った小学生の絵具
寮歌なんて人前で歌うな
坊主になる気で推薦しろ
お茶やお花のセンセイになりたい
ユーモア大学
三角消防ホース
損すれば宇宙人になれるのか
希望と勇気と「サム・マネー」
金持ちにはなれないが
日本の役人を輸出せよ
美人というも皮のわざなり
心斎橋で逢いましょう
いいのかな、みんな洋式で
「南極の氷」作戦
腰かけて歯をみがくと
ぼくのイタセクスアリス
うなぎは大阪にかぎる
雨の音
俺はジェントルマンだア
遅刻の王様
すし屋なんかこわくない
富士山とセーター
女性よ、男を立ててくれ
結婚式、するアホ―に見るアホ―
女性は船のカジ、水面下にいよ
女の「けれども」
ベンテンさんと飲むお酒
「どうぞ」と「ありがとう」
新入社員に車のお迎え
商売は女性に向いている
鯨を食べる方法
金持ち風パリ一週間Ⅰ
金持ち風パリ一週間Ⅱ
金持ち風パリ一週間Ⅲ
毛皮裁判
「駅員さん、お早よう」の一言
初めまして、ガリバーさん
子よ、痛さは来てからでいいのだ
昭和二十年九月某日
おしゃべりは女にモテない
英国のシップ・スクール
ぼくがベスト・ドレッサー?
息子をたずねて三千里
風呂敷は教養のシンボル
英国人のエチケットについて
私のアイ・ラブ・ユー論
タイセツ博覧会
幻のシャリアピン
歩道のないクルマ文明
東南アジア“かもバス”の旅
楽しかった元日のバリ島
国会とダメな夫婦
政治家はチップで暮らしている
ニコニコ暮らすのじゃ





















風よ雲よ(上・下) ― 陳 舜臣 ― ネタバレなしの読後感想






江戸時代の黎明期、中国では明が滅亡する時期を背景とする物語です。
明政府の手が海上の支配にまで及ばず、海賊たちが他国との交易によって巨万の富を得ていました。一方、江戸幕府は外国との交易による諸藩の隆盛とキリスト教が拡がることを恐れて、鎖国へと向かっていました。
こうした中、大坂夏の陣で豊臣方についたために主家を失い、明へ渡り商家の用心棒となった男が、大きな時代の変化の中で体験する壮大な歴史ドラマです。
現代の日本人にとっては、宋や明に時代は歴史の教科書の中では端役にすぎず、さっと流されてしまいますが、江戸時代中期には近松門左衛門により、この小説の登場人物が主人公となる「国姓爺合戦」が書かれたことにより、当時の日本人にはなじみの深い時代です。
やはり国土が大きいせいか、中国を舞台とした小説はスケールが大きく、ピンポイントを描いたストーリーであっても、その大きさに変わりはない。
登場人物が魅力的に描かれており、時代背景も克明に書かれているので、歴史に興味のない人であっても、楽しく読むことができるお薦めの小説です。

風よ雲よ(上) 陳舜臣風よ雲よ(下) 陳舜臣

カバー装画 原田維夫





・風よ雲よ(上)
 明朝末期、中国南部の港町マカオで、二人の男が運命の出会いをした。美丈夫の野心家、生まれながらの統領の器、鄭芝竜と、大阪城落城時、脱出して蘇州の大商人の用心棒となった長身の浪人、安福虎之助である。壮絶な乱世に、南海制覇の野望に燃える男と、夢と生きがいを大陸に求めた男の人生の軌跡を描く、歴史長編。(講談社文庫 裏表紙から)


・風よ雲よ(下)
 半盗半商の大頭目にのし上がった鄭芝竜は、天下をも望む勢威を振い、日本女性との一子、後の国姓爺鄭成功もたくましく成長した。一方虎之助は、豊臣の遺宝を追って、日中の海上を転々とする。腐敗と堕落の明朝は、流賊と満州族の襲撃で遂に倒壊した・・・・。
波乱興亡の中国史に光る、男のロマンを描く傑作長編。(講談社文庫 裏表紙から)




<作家紹介>
1924年(大正13年)、神戸に生れる。大阪外語印度語部卒業。同校西南亜細亜語研究所助手を勤めるが終戦によって辞職し、家業の貿易に従事。1961年、『枯草の根』により江戸川乱歩賞を受賞し作家生活に入る。69年、『青玉獅子香炉』により直木賞、70年、『玉嶺よふたたび』『孔雀の道』により日本推理作家協会賞、71年、『敦煌の旅』により大佛次郎賞、89年、『茶事遍路』により読売文学賞(随筆・紀行賞)、92年、『諸葛孔明』により吉川英治文学賞、93年、朝日賞、さらに95年、「作家としての業績」により日本芸術院賞をそれぞれ受賞する。
日本芸術院会員。他に主な著書として『秘本三国志』『耶律楚材』『阿片戦争』『太平天国』『江は流れず』『桃花流水』『琉球の風』『中国の歴史』『小説十八史略』など多数。(中公文庫から)




















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