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松前の花 土方歳三蝦夷血風 ― 富樫倫太郎 ― ネタバレなしの読後感想






この小説の構成は見事だと思います。まず、旧幕府軍と明治新政府軍との戦いやそれに係わる陣営について書くのではなく、和菓子屋の朝から書き始められることに意表を突かれてしまう。
ちょうど2021年12月現在に、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」の主人公が和菓子屋の娘であり、何回となく小豆を茹でて餡を作る場面があります。この小説の軸となる和菓子屋も同じように餡を作るのかなと想像しました。そして、ドリアン助川さんの書いた小説『あん』のことも思い出しました。
話を元に戻して・・・。この和菓子屋が旧幕府軍の兵糧として、パンを焼くことを依頼されるのですが、このことを時間の流れと人との関わり合いの軸として据えられたことによって、単なる戦記や戦史ではなく、小説としての幅が大きく拡げられたのではないでしょうか。

土方歳三といえば、京の治安を守るために幕府によって集められた浪人や百姓のなどによる警察のような組織新選組の副長であり、自身も百姓の出です。鳥羽・伏見の戦い後、各地を転戦して最後に箱館にたどり着く訳ですが、代々徳川幕府からの恩顧を受けた多くの幕臣や譜代の大名が薩摩や長州を中心とする軍と戦うことなく屈したのに、何故かこの男は最後まで戦った。漢の意地としか言いようもない行動に惹かれてしまいます。

蝦夷地を外威から守るために幕府によって置かれた松前藩ですが、明治新政府についてしまいます。これに伴って藩で内紛が起き、旧幕府側の藩士が粛清されてしまい、その家族の悲哀をも描いています。
史実だけではなく、それに基づいた作家の想像による人物や会話があってこその小説ですが、富樫倫太郎の描く人物は身近に感じられます。たぶん会話が現代風だからではないだろうか。粛清された藩士の十七歳の娘が、時代の転換点で負ける側になってしまった人として描かれていますが、気丈な女子高生のように感じてしまいます。

この小説から感じることは、政治がどうのこうの、権力がどうのこうのというのではない、唯一守るものが自の意地となった人たちの潔さです。

松前の花(上) 富樫倫太郎松前の花(下) 富樫倫太郎

カバー装画 森美夏




・松前の花 上 土方歳三 蝦夷血風録
 元新選組副長・土方歳三らの活躍により箱館を掌握した旧幕府軍は、蝦夷政府を立ち上げる。その中には、家臣に殺された父の仇討ちに燃える娘の姿があった。一方、和菓子職人・小野屋藤吉は、蝦夷政府から戦の携行食として、食べたこともないパン作りを依頼されるのだが -。 知られざる箱館戦争を描くシリーズ第二弾。単行本『美姫血戦』を改題。(中公文庫 裏表紙から)


・松前の花 下 土方歳三 蝦夷血風録
 箱館戦争も最終局面を迎えつつある頃、父の仇討ちに燃える娘・蘭子は、信頼する藤吉に「土方さまに渡してほしい」とある物を託し戦へと向かうのだった ―。 荒れる北の地で自らの本分を遂げようとする土方、蘭子、藤吉。それぞれの箱館戦争が、クライマックスを迎える! 単行本『美姫血戦』を改題。(中公文庫 裏表紙から)




<作家紹介>
1961年、北海道生まれ。'98年第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。「陰陽寮」「妖説 源氏物語」シリーズなどの伝奇小説、「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」シリーズ、「生活安全課0係」シリーズ、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズ、「風の如く」シリーズなど幅広いジャンルで活躍している。(講談社文庫から)





















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ノワール ― 誉田哲也 ― ネタバレなしの読後感想






誉田哲也の小説を初めて読んだのは『ジウ』だったと思います。こんなにもグロテスクな書けるものだと驚きは大きかったです。
ジウ・シリーズの後も多くの警察小説上梓しており、文章内にちりばめられている警察特有の内々の情報が多く、著者の情報収集力にびっくりさせられる。豊富な知識がなければ絵空事だらけの物語になってしまうが、誉田哲也の小説は違う。どんなにディープで歪んだ世界を描いても、「こんなこともあるかもな・・・」と思ってしまうほどに時事やテクノロジーをも物語の背景に織り込んでしまう能力は格別なのではないかと思います。

この小説は、警察小説に暗黒社会に生きる正義(ダーク・ヒーロー)をミックスした贅沢な小説です。警察小説に必須のスピード感が十分にあり、エンディングも期待どうりでスッキリとする。
途中でストロベリーナイトの主人公、姫川警部補が脇役で出てくるのは、ファンにとってとても嬉しいサービスです。
それにしても、「硝子の太陽」というサブタイトルがピンときません。

できれば、『歌舞伎町セブン』と『歌舞伎町ダムド』を読んだ後に手に取ってほしい本です。

ノワール 誉田哲也

カバー写真 EyeEm/Getty Images




沖縄の活動家死亡事故に反米軍基地デモが全国で激化する中、新宿署の東弘樹警部補は、「左翼の親玉」を取り調べていた。その矢先、異様な覆面集団による滅多刺し事件が発生。被害者は歌舞伎町セブンにとって、かけがえのない男だった ―。
『硝子の太陽N ノワール』を改題し、短篇「歌舞伎町の女王 ― 再会 ―」を収録。(中公文庫 裏表紙から)




<作家紹介>
1969年東京生まれ。2002年『妖の華』で第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞、03年『アクセス』で第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。『ストロベリーナイト』『ジウ』といった警察小説や『武士道シックスティーン』などの青春小説で多くの読者を獲得する。他の著書に『ヒトリシズカ』『増山超能力事務所』など。(双葉文庫から)




















月のしずく ― 浅田次郎 ― ネタバレなしの読後感想






ほとんどすべての作家に作風がある。太宰治には太宰治の、夏目漱石には夏目漱石の、それぞれに独自の作風がある。
もちろん浅田次郎にも作風があり、それを強く感じる。浅田次郎節とでもいえるような独特のもので、状況の変化や投げかけられた言葉に揺れる心、行きつ戻りつするように揺れる心理の描写が卓越していると思います。
実際に人とはそういうものであり、どんなに一途に見えても右に左に、前に後ろに心模様が変化している人間が小説の世界に生きていることにより、より共感を覚えやすいのではないだろうか。
この短編集の一つ一つにも、そのような世界が広がっている。朴訥な中年男、過去の愛に未練を残す女と与える愛で優しく包む男、辛い過去を忘れ去ることで生きてきた男、他人の都合に諾々と生きてきた男女たちが、それぞれの人生を浅田次郎の世界で生きている。
人生にちょっと疲れた人は是非お読みください。

月のしずく 浅田次郎

カバー装画 佐々木悟郎



三十年近くコンビナートの荷役をし、酒を飲むだけが楽しみ。そんな男のもとに、十五夜の晩、偶然、転がり込んだ美しい女 ― 出会うはずのないふたりが出会ったとき、今にも壊れそうに軋みながらも、癒しのドラマが始まる。表題作ほか、子供のころ、男と逃げた母親との再会を描く「ピエタ」など全七篇の短篇集。(文春文庫 裏表紙から)

<収録>
月のしずく
聖夜の肖像
銀色の雨
琉璃想
花や今宵
ふくちゃんのジャック・ナイフ
ピエタ




<作者紹介>
1951年生まれ。95年『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、97年『鉄道員』で直木賞、2000年『壬生義士伝』で柴田錬三郎賞、06年『お腹召しませ』で中央公論文芸賞と司馬遼太郎賞、08年『中原の虹』で吉川英治文学賞、10年『終わらざる夏』で毎日出版文化賞を、それぞれ受賞。著書に〈天切り松 闇がたり〉シリーズや『プリズンホテル』『蒼穹の昴』『シェラザード』『憑神』『ま、いっか。』『ハッピー・リタイアメント』『降霊会の夜』『一路』など多数。






















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